2012年10月29日

一般人

ニコ生主問題。

『ニコ生主「一般の方とお付き合いさせて頂いてます」』
http://bipblog.com/archives/4244763.html

ニコニコ生放送の一般配信者が芸能人気取り?という話題ですね。
確かに月500円で芸能人(風)になれるなんて、昔から考えたら夢のような話だが、想定の範囲内という感じもある。僕自身も自分のブログでは、何様のつもり?で深く考えもせず言いたい放題だが……動画で顔出しで、なおかつ視聴者も多ければ、思い上がることもあるだろう。若ければなおさら。
それが行き過ぎると、こうしたネタになるわけですね。

僕も「踊ってみた」の動画とか好きだから、いつの間にかその界隈の有名人の名前を憶えてしまっているし、今どきのテレビ芸能人よりも、ネットの彼らの方をよほど芸能人的に見てるかもしれない。
テレビがもうお金の力だけで動いてる、作られてるような現状だと、純粋に面白いエンターテイメントを求めるとネットになってしまう。

ニコ生主が芸能人気取りだとしたら、何の芸もなくビジュアルがいいわけでもなく、枕営業だけでのし上がったような無能集団のAKBは芸能人気取りと言えないのか?という話にもなってくる。テレビに出てる人がもはや、金を掛けた素人でしかないというね。

秋豚がやたらと「経済」という概念をAKBに絡めようとするけども、まさにあの集団は資本主義の行きつく先という感じはする。顔も芸も無いタレントでも金さえ引っ張ってくれば、トップになれるという仕組み。
選挙だのじゃんけんだのと言って、シナリオの決まった茶番をして、あらかじめそれに見合ったタレントのプロモーションをしていれば、視聴者やファンは「あぁ、やっぱりこんな順位になったか〜」と納得してしまうというのか、洗脳されるというのか。
得をするのは、彼女らの施しを受ける金持ちのおっさん達だけで、一般視聴者はテレビでしょうもないクズタレントのバカはしゃぎを見せられるだけというね。
こんな無駄な話はない。

これならまだ、たとえ思い上がりが激しくても、ガチの人気と能力で光の当たるネットの有名人の方が、ちゃんと楽しめるというもの。
ボカロソングを見ていても、今までのポップスがいかに恣意的に作られ、あてがわれただけのものだったかに気づく。愛だの恋だの青春応援歌だの、極めて狭いテーマでしか音楽が作られてこなかった。
ボカロソングを見ていると、歌詞や世界観の多様さに感心してしまう。自由に音楽が作られると、こんな事になるのかと。

そんなわけで、このまま芸能人の価値が下がれば、ニコ生主が芸能人気取りをするという概念自体も薄れていくんだろうなとは思う。テレビの特権階級意識なんて昭和の遺物だ。


posted by Alumic at 01:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

 (コメント反映までに数分かかります)

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。